ぶぜんやかせつてんぽ
吉他奏者或珍頓屋
Guitarist or Noisy Guy

おいおい ガラスが曇っとォばい
窓を拭こうか
まてまて 腹拵えが先たい
豆腐 食おうか
いやいや そげなことは後でよか
街で服を買おうか
そう 幸か不幸か
ここは風の吹く丘の街
第三回文学フリマ福岡
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遠くの星から来た男
「世界平和だろ。そんなもん――」とタケシは言った。
 タケシとわたしは小、中、高、そして、大学も一緒だった。特に仲が良かったわけではない。たまたまそうなっただけだった。彼のことをタケシと呼ぶのはわたしくらいで、友人たちはみな彼のことを「宇宙人」と呼んでいた。なぜそんな奇妙な綽名が付いたのか? それは彼の口癖が「宇宙人が攻めて来るぞ!」だったからである。なぜそんな奇妙な発言が口癖だったのか? わたしが最初に目撃したのは些細なことだった。友人同士の喧嘩である。わたしたちが小学生だったある日、クラスメイト同士の喧嘩があった。もちろん止めに入る者もいたが、面白がって囃し立てる者もいて、喧嘩はヒートアップしていった。そんなとき、タケシが叫んだ。「先生が来たぞ!」。喧嘩をしていた者同士はもちろん、取り巻いていた連中も蜘蛛の子を散らすように逃げていった。叫んだ本人であるタケシはそんな様子を面白くもなさそうに眺めていた。もちろん教師などやってこない。わたしが彼のこうした言動を見たのはそれが初めてだったが、それ以前にもわたしが居合わせないところで似たようなことがあったかもしれない。やがてこの「先生」が「宇宙人」へとエスカレートしていくのだが、例えば、夏の暑い盛り、冷房のない中学校の教室でのことだった。社会科の授業中、教師までがつい「暑いなァ」と漏らす暑さの中、突然タケシが文部大臣(当時、文部科学省はなく、文部省だった)の名を挙げ、「あいつが悪いんだ!」と言った。教師は一瞬、言葉に詰まったが、次の瞬間、ゲラゲラと笑い出した。つまり、なにか問題が起こったときに予想外の発言で卓袱台をひっくり返すようにして問題を問題ごとどこかに投げ遣ってしまう。それがタケシだった。タケシは、勉強もスポーツもそこそこにできたが、特別なにかに秀でていたわけではなく、どちらかと言えば、普段は目立たない存在だった。しかし、ときどき見られるこうしたちょっと変わった言動によって、忘れたころにその存在を思い出す、そんな男だった。宇宙人という綽名が付いたのは中学生のときだった。修学旅行のときだったと思う。電柱などに貼ってある、あの有名な標語、「世界人類が平和でありますように」を見たタケシが言った。「宇宙人が攻めてくるぞ!」。タケシの頭の中にあったのは泥沼の真っ只中のイラン・イラク戦争だったかもしれない。しかし、平和な日本に暮らす中学生が修学旅行中に中東のことなど考えるはずもなく、その場にいた者たちは、またタケシがヘンなことを言った、と思っただけのようだった。そして、タケシは「宇宙人」になった。みなにからかわれる中、タケシが独り言を呟くように言うのをわたしは聞いた。「結局、みんな、ズルくて、わがままなんだよ。なんでも人のせいにして、責任を取ろうとしない。世界平和だろ。そんなもん、宇宙人が攻めてきたら、あっと言う間だよ。宇宙人に立ち向かうために人類は一致団結。一件落着!」とタケシは言った。しかし、タケシにも分かっていたはずだ。宇宙戦争が終わると同時に世界平和も終わる。ひとつの戦争が終われば、また次の戦争だ。第一次大戦が終われば、第二次大戦。第二次大戦が終われば、東西冷戦――。本当の世界平和などやってこない。
 振り返ってみると、彼が「宇宙人が攻めてくるぞ!」と言うとき、彼の視点は宇宙人そのものだったのではないか。問題が紛糾した場面で一歩も二歩も下がって物事を外側から客観的に眺めるのだ。
 最後にタケシと遇ったのは大学生のときだった。同じ大学へ通ったわたしたちだったが、大学で遇ったのは一度切りだった。マンモス大学で、学部も違っており、わたしたちは一緒に飲むほどの仲ではなかった。彼もわたしも浪人を経て大学に入っていたが、わたしより成績の良かったタケシがなぜわたしと同じ大学に入ることになったのか。しかも、浪人をして――。説明がやや面倒だが、まずよっつの大学を挙げよう。国立のT大学、私立のM大学、国立のH大学、私立のK大学。ランクから言えば、T大学が最も上である。そして、K大学、M大学――。H大学も悪くはないが、他の三大学が関東にあるのに対して、地方の大学だった。わたしたちが通ったのはH大学である。当時の大学入試のタイムスケジュールを簡単に言えば、まず国立大学の一次試験、次に私立大学の試験、そして、国立大学の二次試験、後は、私立大学の合格発表、私立大学の入学金の支払い、国立大学の合格発表、国立大学の入学金の支払い、と続く。個々の大学によって多少の前後はあるが、だいたいこの順だった。高校三年時のタケシは国立のT大学と私立のM大学を受験した。T大学が本命で、M大学は滑り止めである。M大学に合格した時点でT大学の合格も確信したタケシはM大学に入学金を納めなかった。そして、浪人することになる。翌年のタケシは国立大のレベルを下げ、私立大のレベルを上げた。今度はK大学が本命で、H大学が滑り止めである。K大学に受かったタケシだが、そこですっかり「仕事は終わった」とばかりに毎日遊んで過ごした。気が付くと、K大学の入学金を支払う締切日が過ぎており、H大学に入学することになった。キャンパスでたまたま遇ったとき、タケシはわたしにそうした経緯を快活に話した。結局、タケシにとっては、どの大学に行こうと、それは大した問題ではなかったのだろう。宇宙的な視点から見れば、確かにそれは些細な問題に過ぎない。
 今でも、例えば、極東有事となれば、タケシは言うかもしれない。
「宇宙人が攻めてくるぞ!」